ラムネ瓶の中の世界

瓶の中の世界でただぼんやりと文章を書きます。泡の様に浮かんでは消えます。

蠍が落ちた日

デザインフェスタvol.46が終わりました。

 

  沢山の方にD-694へいらして頂けて、足を止めて頂いて嬉しかったです。

デザフェスは終わってしまったけど通りがかる人のその人にとっては何気ない一言が積み重なって幸せな気持ちが続いていて、昨日のことは夢だったんじゃないだろうかと仕事に行く電車の中で考えてみたり。

 

  …それでもやっぱり描きあがらなかったという悔しさで胸が焼け付くほど悔しいので、あれは現実だったんだと思います。

 

   私の絵は割とワンパターンです。夕陽と星空、そして海です。好きなものを知って欲しい。私が見てきた世界を誰かに伝えたい。多分それはクリエイターの原点なのかもしれません。ただ私は『価値観の押し付けはしてはいけない』し、したくないし、されたくない。

  だから絵に自分がどんなイミテーションを潜ませようが「受け手がどう思うか」それが全てだとそう思っています。所詮人は自分の感性と価値観が全てですから。

この考えは、おそらくこの先もそんなに変わることはないと思っています。そして今まで絵の解説などをしなかったのも、そういう事でした。今回もあまりする気はありませんが、せっかくなので少しだけお話しできたらとは思います。

 

  まず、今回の絵はいつにも増してリスペクト・オマージュの面が強いです。みなさんお気づきかもわかりませんが「銀河鉄道の夜」から発想を得ました。

「ほんとうのさいわい」とはなんでしょう。愛と信仰は共存するのかどうか。私はテレビを見ませんが、近年のメディアの在り方や、民意の行く先について。

この絵の世界に太陽はありません。燃え上がる紅葉もいつかは落ちて、星だけがのこります。

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 上の画像は私のネタ帳代わりのTwitterアカウントでのつぶやきなのですが、これが今回の元ネタです。

 

  誰しもみんなきっと、誰かにとっての「君」になりたいと思う…と思います。たぶん、それがどんな形であったとしても。誰かの唯一でありたいと願いながら、それを忘れた人がたくさんいますよね。

その「誰か」は恋人かもしれませんし、家族かもしれないし友達かもしれないし、あるいは自分自身かもしれません。どうか思い出してください。

 

私は自分の描く絵で「誰か」が何かを受け止めて明日へ進むためのきっかけになればいいと、そう願っています。私にとっての「君」は自分自身であり、私の生み出した絵を見てくれた全ての「誰か」です。

 

この世界であなたの価値観は唯一でありあなたにとっては全てです。謙虚であることはきっと間違いではありませんが、人生は一度きりです。きっと今あなたがいる場所は間違ってない。積み上げてきたものを否定しないで、自分を好きになってください。

 

「ほんとうのさいわい」はきっとその先にあるのだと思います。